月曜日の記事では、情報公開請求で取得した非公開裁決(関裁(諸)令6第72号)をもとに、借入れによる不動産取得に財産評価基本通達6項(総則6項)が適用された事案を検討しました。
この事案では、高齢期・短期集中・全額借入れという客観的事実に、金融機関の面談記録が重なり、先祖代々の土地に建てた賃貸建物まで否認されるという結果になりました。ただ裁判に移行しているとみられるため今後の裁判の内容によっては
ただ、実務で「否認」に出会う相続税対策は、借入不動産だけではありません。件数でいえば、むしろ名義預金や生前贈与をめぐる指摘の方がはるかに身近です。
そこで今回は、否認されやすい対策を三つの類型に分け、それぞれ「どこで分かれるのか」を整理してみます。
類型1 借入れで不動産を買う“評価差”対策
仕組みはシンプルです。現金は額面で評価されますが、不動産は路線価や固定資産税評価額をもとに評価され、多くの場合、実際の取引価格(時価)より低くなります。
この差を使って、相続財産の評価額を圧縮するのが“評価差”対策です。借入金があるとより相続税圧縮への影響は大きくなります。
これに歯止めをかけるのが総則6項です。通達どおりの評価が「著しく不適当」な場合には、国税庁長官の指示により別の方法で評価できる、という規定です。
令和4年4月19日の最高裁判決は、通達評価額と時価との間に著しいかい離があることに加え、相続税の負担軽減を意図して不動産を取得したなど、通達評価によることが実質的な租税負担の公平に反するといえる事情がある場合には、通達評価額を上回る価額(鑑定評価額など)で評価しても平等原則に反しない、という枠組みを示しました。
月曜日の裁決もこの枠組みに沿ったものです。そこで否認の方向に働いた事情を並べると、次のようになります。
- 高齢になってから取得を始めている
- 短期間に多数の物件を取得している
- 取得資金のほぼ全額を借入れでまかなっている
- 居住用ではなく、生活上の必要が特にない
- 金融機関の面談記録などに「相続税を下げたい」という意図が残っている
このほか、最高裁の事案のように相続開始後まもなく売却していることも、「評価差だけが目的だった」と見られやすい事情になり得ます。
分かれ目は、購入・保有に事業上・生活上の合理的な理由と実態があるかどうかです。
事業収支の検討、運営体制、保有を続ける計画が同時期の記録として残っていれば、同じ不動産取得でも評価は大きく変わり得ます。なお賃貸不動産の評価については、通達そのものの見直しも予定されています。
類型2 名義預金・名義財産
相続税の税務調査で、最も指摘が多い項目の一つが名義預金です。典型的なのは次のような形です。
- 親が子や孫の名義で口座を作り、親のお金を入れ続けている
- 通帳・印鑑・キャッシュカードは親や祖父母、配偶者など口座名義人以外が保管・管理している
- 子や孫は、口座があることを知らない(または金額を知らない)
この場合、名義は子や孫でも、中身は親の財産と判断され、相続財産に取り込まれます。
判断のものさし
名義預金かどうかは、名義ではなく実態で判断されます。裁決・裁判例では、概ね次のような要素が総合的に考慮されています。
- 原資:誰のお金が入っているか(出捐者(しゅつえんしゃ)と呼ばれることもあります)
- 管理・運用:通帳や印鑑を誰が持ち、誰が出し入れや運用の判断をしていたか
- 名義人の認識:名義人が口座の存在や残高を知り、自由に使える状態だったか
- 名義の経緯:なぜその名義にしたのか、名義人と出捐者の関係はどうか
「贈与したつもり」が通らない理由
よくあるのが「子どもにあげたつもりで積み立てていた」というケースです。しかし民法上、贈与は「あげます」「もらいます」という当事者双方の合意で成立します。もらう側が知らなければ合意がなく、贈与は成立していないことになります。
贈与税の申告をしていたことは有力な材料の一つですが、それだけで贈与が認められるわけではありません。申告をしていても、通帳を親が持ち続けていれば、実態として贈与は完了していないと見られる余地があります。
分かれ目は、贈与の事実を客観的に示せるかどうかです。合意の記録(贈与契約書)、受贈者自身による管理、受贈者による使用の実績。こういったものがどれくらい示せるかどうかがポイントです。
類型3 生前贈与のやりすぎ・形式不備
生前贈与そのものは、正当な相続税対策です。問題になるのは、実態が伴っていない場合と、時期の問題です。
形式だけの贈与
毎年110万円以下の贈与を続ける「連年贈与」は、それ自体が否認されるものではありません。ただし、振込先の口座を親が管理していれば類型2の名義預金の問題に戻ります。
毎年、その年ごとに贈与の意思を確認し、受贈者の口座へ振り込み、受贈者自身が管理する、可能であれば贈与契約書を作成しておく。地味ですが、この積み重ねが「実態」になります。
相続開始直前の贈与と「生前贈与加算」
相続や遺贈で財産を取得した人が、相続開始前の一定期間内に被相続人から受けた贈与は、相続財産に足し戻して相続税を計算します(生前贈与加算)。駆け込みで贈与しても、この期間内であれば効果はありません。
この期間は令和5年度税制改正で3年から7年に延長されました。令和6年1月1日以後の贈与から適用され、加算期間は段階的に延びていきます。
相続開始が令和8年(2026年)中であれば従来どおり3年、令和9年1月1日以後の相続から3年を超えはじめ、令和13年1月1日以後の相続で7年となります。延長された4年間分の贈与については、合計100万円までは加算の対象外です。
なお、加算の対象は相続や遺贈で財産を取得した人が受けた贈与です。相続財産を取得しないお孫さんなどへの贈与は、原則として対象外ですが、遺言で財産を受け取る場合・死亡保険金の受け取りがある場合などは対象になるため、遺言の内容とあわせて確認が必要です。
分かれ目は、贈与が“形式”ではなく“実態”を伴っているか、そしてそれが記録に残っているかです。
まとめ——否認される対策の三つの共通点
三つの類型を並べると、否認される対策には共通点があります。
- 税負担の軽減“だけ”が目的に見える
- 実態が伴っていない(名義だけ、形式だけ)
- 記録等で説明できない
月曜日の裁決は、まさにこの三つが面談記録というかたちで裏返しに揃ってしまった事案でした。
逆にいえば、合理的な理由・実態・記録の3点がそろっていれば、相続税対策を過度に恐れる必要はありません。対策そのものが悪いのではなく、説明できない対策が危ういのです。
まずは、実行済み・検討中の対策を次の3点で点検してみることが、現実的な第一歩です。
- なぜその対策をしたのか、税金以外の理由を説明できるか
- 名義人・受贈者が、実際にその財産を管理・使用しているか
- その当時の記録(契約書、振込記録、収支計画など)が残っているか
これから実行する、これまで行ってきた相続税対策について再度見直しをしておくのが望ましいです。
