令和7年6月18日、国税不服審判所は財産評価基本通達6項(総則6項)の適用が争われた相続税事案について、審査請求をいずれも棄却する裁決を下しました(関裁(諸)令6第72号)。

結論そのものは、令和4年4月19日の最高裁判決が示した枠組みに沿ったもので、目新しさはありません。
しかしこの事案が実務家にとって示唆に富むのは、納税者側が抱えていた不利な事情が、これ以上ないほど揃っていた点にあります。しかもその相当部分は、納税者が自ら作り出したものでした。
今回は、裁決書および別表・別紙から読み取れる「納税者側に不利に働いた要素」を10点に整理し、最後にこの裁決が実務に投げかける最も重いメッセージを検討します。
なお本件の事案については裁判に移行しているとみられるため引き続き情報収集をしていきます。以下は裁決書の記載に基づく分析であり、訴訟における主張の当否を論じるものではありません
事案の骨格
被相続人は平成24年11月から平成27年9月にかけて17件の賃貸用不動産の売買契約・工事請負契約を締結し、銀行および信用金庫からの借入金を原資に、平成25年1月から平成28年3月にかけてこれらを取得しました。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 取得総額(契約金額合計) | 2,074,923,000円 |
| 借入総額 | 2,194,700,000円 |
| 通達評価額(当初申告額) | 786,401,298円 |
| 鑑定評価額(更正額) | 1,687,200,000円 |
相続開始日における借入残高は約18.9億円。通達評価額約7.9億円との差額約11億円が、他の相続財産の課税価格を圧縮する構造になっていました。
調査の結果、国税庁長官が評価通達6の適用を指示。原処分庁は不動産鑑定評価額により評価し直し、更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分を行いました。請求人は長男・二女・孫(長男の子で被相続人の養子)の3名です。
納税者側に不利に働いた要素と、通らなかった主張
1. 当初申告における評価方法の「使い分け」
請求人らは当初申告において、本件で争われた17件は通達評価額で申告する一方、それ以外の不動産の一部については自ら不動産鑑定士を起用し、鑑定評価額で申告していました。
この事実は、争点4(加算税の正当な理由)において請求人ら自身が「専門家である鑑定士の評価額を時価と信じたのだから正当な理由がある」と主張する中で明らかになったものです。
審判所は「鑑定評価額が通達評価額を下回る場合には鑑定評価額が優先する旨を一般的に述べた公的見解等も特に見当たらない」として、この主張を退けました。
問題は加算税にとどまりません。有利な物件は鑑定、不利な物件は通達という使い分けを申告書の段階で実行していた事実は、「通達による画一的評価こそが公平である」という争点2での主張の一貫性を、内側から損ないます。
総則6項事案において、当初申告における評価方法の選択が後の防御ラインを規定するという典型例です。
2. 実益のない一部修正申告
請求人らは調査結果の説明を受けた後、令和5年6月12日、17件のうち、不動産1から不動産4まで、建物10および建物13(本件各修正対象不動産)についてのみ鑑定評価額を受け入れる修正申告を行いました。
この修正申告には、加算税上の実益が一切ありませんでした。
通知書には「調査の結果に基づくものであるため、更正を予知してされたものでない修正申告には該当しない」と明記されており、通則法65条5項の軽減は適用されません。それどころか「期限内申告税額と50万円のいずれか多い金額を超える部分について5%」まで課されています。
得られたものがない一方、失ったものは大きい。同一の事実関係について、立証責任が物件ごとに分断されるという構造が生まれました。
争った11件は更正処分ですから課税庁側が立証責任を負いますが、受け入れた6件は更正の請求に対する通知処分ですから、立証責任は請求人側にあります。修正申告をしなければ、17件すべてについて課税庁が立証責任を負う土俵で戦えたはずです。
さらに興味深いのは、譲った物件と争った物件でかい離の大小が逆転している点です。
| 区分 | 通達評価額 | 鑑定評価額 | 倍率 |
|---|---|---|---|
| 修正申告で受け入れた6件 | 631,748,349円 | 1,272,100,000円 | 2.01 |
| 本件各更正対象建物 | 154,652,949円 | 415,100,000円 | 2.68 |
かい離率で見れば、争った側の方が大きいのです。
線引きは取得経緯(購入か、先祖代々の土地上への建築か)で引かれていました。その理屈が争点2で通らなかった以上、部分的な妥協は防御として機能せず、加算税だけが残りました。
3. 銀行担当者との面談記録
本件の意図認定を決定づけたのは、稟議書の一文ではなく、平成24年7月23日から平成25年1月30日までの9回分の面談記録でした。日付入りで認定事実に列挙されています。
とりわけ致命的なのは、意図の形成過程がそのまま記録に残っていることです。
平成24年7月23日の時点では、被相続人は借入れに抵抗を示していました。その面談で銀行担当者から相続税総額5億2,686万円余という試算が示される。
8月3日には長男が「根本的な相続対策として投資物件購入も検討していきたい」と述べ、8月9日には「相続税を軽減したいと考えており」「自宅周辺の活用よりも先に、課税評価の低いものを購入し、相続税額を下げた方が効果的」と発言。
そして8月27日、収益物件購入による相続税額への影響の説明を受け、被相続人および長男は「相続税額へ相応の効果が見込まれることから」購入方針に転換します。
抵抗から意図の形成へという転換点が、日付とともに記録されている。稟議書の一文であれば「全体のごく一部に留まる」という反論にも多少の余地がありますが、この時系列には反論のしようがありません。
請求人らは「相続対策とは親族間の紛争を防ぐ趣旨で述べたのであって、相続税対策とは述べていない」と言葉の切り分けを試みました。
しかし審判所は、面談で具体的に話し合われた内容が相続税の軽減方法であったことなどから「本件被相続人が目的としていた相続対策と本件相続税の負担の軽減との間に大きな違いはない」と判断しています。呼称の置き換えでは防げないということです。
4. 信用金庫の稟議書
平成25年3月13日付、不動産4(契約金額6.68億円、借入7.3億円)に係る融資の稟議書に、被相続人が「相続対策を企図して当該融資を申し込んだ旨」が記載されていました。
請求人らは「記載は全体のごく一部に留まるから、当該記載から相続税対策の意図があったと断言することは不可能」「相続税の軽減は借入れによって意図せず付随的に発生したもの」と反論しました。
単独で見れば、この反論にも一理あります。しかし面談記録と時系列でつながることにより、被相続人が平成25年1月30日および同年3月13日の時点でも従前の考えを維持していたことの裏付けとして機能しました。弱い証拠が、強い証拠と結合して補強証拠になった形です。
5. 長男が共著者となった書籍
長男が共著者となって出版された書籍に、融資を受けて不動産を購入し、その不動産に係る路線価が実勢価格と乖離することを利用して相続税の圧縮を図るという手法が記載されていました。
請求人らは「出版社が委託したライターが執筆したものであり、長男はそのライターに対し、相続に起因する親族間の紛争を防ぐことが重要であるという趣旨で相続対策と述べたにすぎず、相続税対策という言葉を使用した記憶はない」と反論しています。
これが通らなかった理由は明確です。記載の具体性でした。
審判所は、書籍に具体的な地名や物件の概要が記載されていることを指摘し、「本件長男が自ら口述等しなければ記載し難いもの」であるから、仮に執筆作業自体がライターによるものであったとしても長男の体験に基づくものといえる、と判断しました。
さらに審判所は、書籍に記載された手法が「本件取得・借入れとして本件各不動産の一部で採用された方法と共通する」ことを指摘しています。書籍は抽象的な知識の開陳ではなく、実行行為との対応関係を示す証拠として扱われました。
逆に言えば、手法の一般論にとどめ、個別物件を特定できる記述を避けていれば、ここまで直接的な証拠にはならなかった可能性があります。書籍、ブログ、SNS、セミナー登壇のいずれについても、同様の注意が必要です。
6. 客観的事実それ自体の厳しさ
書面や発言以前に、事実関係そのものが不利でした。審判所が認定したのは次の事情です。
被相続人は高齢となってから取得を開始していること。約3年という短期間に17件もの不動産を順次取得していること。取得総額約20.7億円に対し借入総額は約21.9億円で、契約金額ベースでみると借入れが取得額を約1.2億円上回っていること。
そして17件すべてが賃貸用であり、被相続人または請求人らの居住の用に供するためのものではなかったこと。
審判所はこれらから、「高齢となってから、自ら又は親族の生活上の必要が特段ない状況下で、短期間のうちに少なくない数の本件各不動産を新たな借入れによって取得したことになり、このような本件被相続人による本件取得・借入れは、収益を得る目的のみに基づくものではなかったというべきである」と認定しました。
この段階で意図の認定は半ば済んでおり、面談記録以下はその補強にすぎません。証拠の管理以前に、実体が厳しかったということです。
なお当初申告書の提出が平成31年1月25日であることから、相続開始は平成30年前半ごろと推定されます。
最後の取得(平成28年3月)から約2年です。取得から相続開始までの期間の短さも、背景事情として効いています。
7. 鑑定評価額が取得価額とほぼ一致していたこと
別表1-2(取得・借入れの状況)と別表1-3(評価額)を突き合わせると、次のことが分かります。
| 物件群 | 契約金額 | 鑑定評価額 | 比率 |
|---|---|---|---|
| 不動産1〜3(区分所有) | 515,000,000円 | 523,000,000円 | 1.02 |
| 不動産4(土地建物) | 668,000,000円 | 674,000,000円 | 1.01 |
平成24年から25年にかけて購入した物件が、平成30年頃の相続開始時点でほぼ取得価額どおりに鑑定されています。
これは争点2における「著しいかい離」の認定を実質的に支えると同時に、争点3で鑑定手法の細部を攻めても届きにくくした要因でもあります。
鑑定の瑕疵を指摘したところで、「では時価はいくらなのか」という問いに対して、取得価額という強力な外部の物差しが立ちはだかるからです。
8. 対抗鑑定の不提出
争点3で請求人らが指摘したのは、①建物の再調達原価に直接法を用いていない、②積算価格の試算に用いた現価率の算定過程が不明、③市場性修正率・還元利回り・効用比について一般的定型的な説明を超えた具体的算出根拠の説明がない、④建物1〜3の再調達原価412,000円/㎡について採用した類似建設事例が不明、という4点です。
市場性修正率は不動産1〜3で110%(増価修正)、他の物件では70%から95%(減価修正)と、幅が40ポイントもあります。そして修正後の積算価格は収益価格とほぼ一致する。
建物11は積算66,700,000円に対し収益66,700,000円で完全一致、建物17も23,700,000円で一致しています。
鑑定書自身が建物11について「積算価格と一致したことから相互にその妥当性は検証された」と述べていますが、修正率が事後的に調整可能な変数である以上、この一致を独立した検証とみるのは論理として循環しています。
しかし請求人らは対抗鑑定を提出しませんでした。指摘はいずれも説明不足の指摘にとどまり、代替的な時価の提示がない。
審判所は「これらの指摘は、具体的根拠を伴う内容ではないから、これらの指摘によっても、本件各鑑定評価書の内容が不合理であるとの疑いが生じるとはいえない」として一蹴しています。
総則6項事案において課税庁鑑定を崩すには、対抗鑑定が事実上必須です。本件は争点3を戦う準備ができていませんでした。
9. 主張の一貫性を欠いた更正の請求
令和5年12月26日の更正の請求では、いったん鑑定評価額で修正申告した6件を含め、17件すべてを通達評価額786,401,298円(当初申告額と同額)に戻すよう求めています。
半年前に自ら鑑定評価額を採用しておきながらの全面撤回であり、審理上の心証という点でも芳しくありません。
もっともこれは、更正の請求という手段の選択が誤りというより、修正申告してしまった時点でその部分を争う道が更正の請求しか残っていなかったことの帰結です。
修正申告は自らの申告ですから、不服申立ての対象になりません。責められるべきは6月12日の一手です。
10. 最も筋のよい主張が制度構造に阻まれたこと
請求人らの主張のうち、法律論として最も筋があったのは納税義務者単位論でした。
相続税の申告は納税義務者単位で考えるべきであるから、被相続人および長男の意図を知らない二女および孫との関係では、鑑定評価額によることに合理的理由はなく平等原則に違反する、というものです。
この主張には裏付けがありました。二女宛の通知書(別紙2-2)には「あなた以外の相続人は、金融機関から……説明を受けたと認められ」「同人は本件購入・借入れ等が本件相続税の負担を減じさせることを認識した上で、これを期待して、本件購入・借入れ等を企画して実行したと認められます」と記載されています。原処分庁自身が、意図の主体は二女ではないと通知書上で認めているのです。
しかし審判所は、「本件二女及び本件孫は、いずれも本件被相続人の相続人であり、……本件相続税の負担の軽減の効果を享受できる立場にある上、……実際に享受したと認められる」として、両名についても通達評価額によることは他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせる、と判断しました。
相続税が課税価格の合計額から相続税の総額を算出して按分する構造である以上、相続人ごとに評価方法を分けることは制度上想定されていません。
最も筋のよい主張が、最も動かしにくい制度構造に突き当たった形です。
本裁決で一番重いメッセージ
実務上、本裁決でもっとも重いのは、先祖代々の土地の上に建てた賃貸建物にまで総則6項が及んだという点だと感じます。
否認された17件のうち11件(更正対象建物)は、被相続人とその母が昭和50年代に被相続人の父から相続した土地などを敷地として建築されたものでした。
借入れによって建築費を調達してはいますが、土地は購入したものではありません。これは日本中で行われている、最もありふれた土地活用です。
請求人らも当然そこを突きました。「先祖代々土地を保有している者が、その土地の上に建物を建てて有効活用するというのは広く行われていることであるのに、建物の建築時点を理由に通達評価額を採ることが許されないとするのは、かえって実質的な租税負担の公平に反する」と。
審判所の回答はこうです。通達評価額を上回る価額とすることに合理的な理由があるとの認定判断は、「本件各不動産のうち建物の取得時点以外の事情をも考慮した結果であるから、請求人らの主張は前提を欠く」。
ここが本質です。土地活用型のアパート建築それ自体が否認されたのではありません。全体として相続税軽減の意図が認定された結果、その一部として取り込まれたという構造です。
裏返せば、意図の認定を招く事情がなければ、同じ建築でも通達評価が維持された可能性は十分にあります。
金融機関との相談記録、高齢期における短期集中的な取得、書籍等での発信。これらが揃ったことで、ごく一般的な土地活用までが射程に入ってしまった。
したがって、防御の主戦場は評価論ではなく意図の認定です。
この点は、争点の決着順序にも表れています。争点2で平等原則違反なしと判断された時点で、争点3(鑑定評価額が時価を上回るか)は減額幅の問題に縮退します。
争点4(加算税の正当な理由)に至っては、争点2の認定をそのまま引用して否定されています。「本件長男には本件相続税の負担を軽減する意図があったと認められること」「本件二女及び本件孫は……本件相続税の軽減の効果を享受したこと」を理由に、正当な理由を認めなかったのです。
意図の認定が、加算税の帰趨まで決めているわけです。
なお、否認されたのは建物のみで、敷地は通達評価額のまま据え置かれています。
請求人らはこれを「建物とその敷地とで評価通達の採否を異にするいびつな評価方式」と批判しましたが、審判所は「土地・建物の取得の経緯や目的が異なる場合に、具体的な事実関係に照らし、土地については当該事情がないため通達評価額によるものとする一方、建物については当該事情があるため通達評価額を上回る価額によるものとすることも当然起こり得ることである」として退けました。
実質的租税負担の公平を害する事情の有無は、土地・建物で個別に判断されるという整理です。
実務への落とし込み
本件の不利要素は、性質によって四つに分けられます。納税者が自ら作出したもの(1・2・5・9)、第三者の記録に残ったもの(3・4)、動かしがたい客観的事実(6・7)、主張立証の準備不足(8)です。
決定的だったのは6と3でした。高齢期・短期間・多数件・全額借入・非居住用という事実の組み合わせが「収益目的のみではない」という入口を開き、面談記録がそこに具体的な意図を流し込んだ。他の要素はこれを補強したにすぎません。
逆に言えば、1・2・5・9がなければ結論が変わったかというと、おそらく変わらなかったでしょう。
ただし加算税の負担、争える物件の範囲、立証責任の配分は明確に違っていたはずです。
顧客への助言としては、次の三点に集約されると考えます。
第一に、金融機関との面談議事録、提案書、相続税シミュレーション資料はすべて反面調査で出てくる前提で行動すること。
文言を取り繕うのではなく、事業収支計画、想定利回り、後継者による運営継続、既存物件の建替必要性といった経済合理性を、同時期の記録として残しておくこと。
第二に、顧客自身の情報発信が課税庁の証拠になり得ること。書籍やセミナーで手法を語る場合、個別物件を特定できる記述は避けるべきです。
第三に、調査段階での部分的な妥協は、多くの場合に防御として機能しないこと。長官指示が出ている段階であれば、なおさらです。一貫した対応を選ぶ方が、結果として傷は浅くなります。
今回の裁決の踏み込んでいる部分と裁判での争点になり得そうな部分
今回の裁決は令和4年4月19日最判の影響を受けている部分がありますが、それ以上に踏み込んで判断している部分がありそこが裁判での争点となり得そうです。
第一に、先祖代々の土地上に建築された建物への適用です。最判事案は購入した不動産2件で、自己保有地への建築は含まれていません。
本裁決の更正対象建物11棟がここに当たり、請求人らが「広く行われていることなのに」と主張した点です。
審判所は「建物の取得時点以外の事情をも考慮した結果」として退けましたが、この判示は簡潔で、射程の明確な線引きを示したとは言い難い。訴訟で争点になり得る部分だと思います。
第二に、意図を有しない共同相続人への適用です。最判事案の相続人は、購入・借入れを企画実行した側でした。
本裁決の二女・孫について、審判所は「軽減の効果を享受できる立場にある上、実際に享受した」で処理していますが、これは最判にない論点への独自の応答です。
第三に、土地と建物で評価方法を分けること。最判は土地建物一体で購入された不動産についてのもので、建物のみ鑑定・敷地は通達という処理は登場しません。
本裁決は「土地・建物の取得の経緯や目的が異なる場合に……当然起こり得る」としましたが、これも新たな判断です。
個人的に今回の審査請求で一番重かったのは面談記録
今回の裁決書に目を通して一番ここが判断としては重かったと感じたのは金融機関の面談記録で、当初の抵抗姿勢から相続税対策になると知った後に翻意したその経緯が記録されていたことです。
この面談記録でうかがい知れる翻意が節税目的であるという意図を形成した流れそのものを明らかにしています。
そのため本件裁決での主張である「収益目的だった」「相続対策と相続税対策は違う」「稟議書はごく一部の記載に過ぎない」のすべてが一蹴されてしまっています。
正直なところ面談記録を作成するのを阻止したりということは現実的には難しいです。金融機関の担当者としては顧客ニーズを把握してそれを提案に織り込む必要があるため、記録を取るということが必然的に業務フローに組み込まれています。
現実的な対処があるとすれば、次のようなものでしょうか。
第一に、同時期に経済合理性を示す記録を残すこと。事業収支計画、想定利回りと金利の比較、既存物件の老朽化状況、後継者による運営体制など。
面談記録に税額の話しか残っていないのが本件の弱点で、賃貸事業としての検討過程が並行して記録されていれば、「収益目的のみではない」という認定に対する反証材料にはなり得た印象です。
第二に、取得の時期と規模を分散すること。3年で17件、全額借入、高齢期という組み合わせが、記録以前に不利な心証を作っています。
第三に、顧客が単独で金融機関と交渉する状況を作らないこと。本件の9回の面談に税理士が同席していれば、発言の内容も記録の残り方も変わった可能性があります。裁決書からは面談に税理士が同席していたことは読み取れません。
ただ、これらはいずれも「意図の認定を避ける」ための工夫であって、本当に相続税軽減が主たる動機であるなら、どこかで矛盾が露呈します。
結局のところ、最判以降の実務では、税負担軽減を主目的とする借入不動産スキームは成立しにくくなったという理解が出発点になるのだと思います。
その前提で、実体のある賃貸事業として説明できるかどうか。本件の更正対象建物11棟は、先祖代々の土地の有効活用という最も説明しやすい類型でしたが、全体の意図認定に引きずられて否認されました。
個別の物件の説明可能性よりも、全体としての意図が優先するという点が、本裁決の実務上の怖さだと感じます。
