「売れて課税事業者になりそうです。ところで、インボイスって登録した方がいいんですか?」
売上が伸びた同人作家・同人ゲーム作家の方から、この時期いちばん多くいただく質問です。
制度の解説はネット上にあふれていますが、いざ「自分はやる/やらない」を決めるとなるとどうすればいいのか、と悩むことが多いようです。
今回は、登録を判断するための軸を実務目線で整理したうえで、最後に当事務所としての結論もお伝えします
1. まず切り分ける—「課税事業者になる」と「インボイス登録する」は別の話
最初につまずきやすいのがここです。
売上1,000万円超などで課税事業者になることと、適格請求書発行事業者(インボイス発行事業者)に登録することは、まったく別の手続きです。
課税事業者になったら自動的に登録される、というものではありません。
登録はあくまで任意で、課税事業者でありながら登録しない、という選択もありえます。
ただしその場合、インボイス(適格請求書)を発行できないため、取引先が仕入税額控除に制限がある、という影響が出ます。
そしてもう一つ、後の判断で効いてくる大事な前提があります。消費税の納税義務は、インボイス登録の有無とは関係なく発生するということです。課税事業者になった以上、登録していなくても消費税は納めます。
2. 判断の出発点は「誰に売っているか」
登録の要否は、まず自分の売上を「相手別」に分けてみると見えてきます。
インボイスを求められやすい相手
メロンブックス・とらのあななどの委託販売、FANZA・DLsiteといったダウンロード配信、企業からの依頼や商業誌の原稿料、法人スポンサー案件。
相手が課税事業者である以上、インボイスの有無が取引条件に影響しうる領域です。
あまり求められない相手
同人即売会での直接頒布、個人ファン向けのダウンロード販売、FANBOX等の支援。相手が一般消費者であれば、インボイスの有無はそもそも関係しません。
ここまでは一般論としてよく語られる整理です。ただ、実際の「手取りへの影響」は、これほど単純ではありません。
3. 実務では、未登録による減額があらかじめ織り込まれている
ここが、他の解説記事ではあまり触れられない部分です。
大手ダウンロード配信サイトの場合
FANZAやDLsiteといった大手は、インボイス未登録事業者に対して卸値(分配率)をあらかじめ調整する運用をとっています。
買い手側が仕入税額控除できない分が、実質的に値引きされている状態、と言い換えてもいいでしょう。
これは一見すると未登録が不利に見えますが、免税事業者の立場で考えると話は変わります。
未登録なら卸値は減額されるが、消費税の納税もない。登録すれば満額を受け取れるが、その分は消費税として納める。手取りベースで見れば、おおむねチャラというのが実態です。
出版社の場合
対応は各社ごとに個別ですが、経過措置があるため仕入税額控除がまったくできないわけではありません。
控除しきれない部分は、本体価格への上乗せか、雑損処理で吸収されているケースが多く見られます。したがって、いまのところは登録の有無による原稿料・卸値への影響は限定的と考えられます。
つまり「登録しないと仕事が来なくなる」も「登録すれば得をする」も、実態としては言いすぎです。少なくとも金額面での差は、思われているほど大きくありません。
ただし、この前提は今後じわじわ動きます。免税事業者等からの仕入れに係る経過措置は、2026年10月から控除割合が80%→70%に縮小され、その後も2028年10月に50%、2030年10月に30%、2031年9月末で終了する予定です。
買い手が飲み込む金額は年々増えていくため、未登録であることの不利は、長い目で見れば広がる方向にあります。
4. 売れた人ほど要注意——2割特例も、3割特例も使えない
ここが、売れたクリエイターにとって最大の落とし穴です。
インボイスを機に免税事業者から課税事業者になった方の負担軽減策が「2割特例」(納税額を売上税額の2割に圧縮)でした。
しかし、この特例はインボイス登録がなければ免税事業者だったはずの人が対象です。基準期間の課税売上高が1,000万円を超えて“強制的に”課税事業者になった方は、そもそも対象外です。
さらに、2割特例は2026年9月末で終了します。
後継として個人事業者に限り、令和9年分・令和10年分について納税額を売上税額の3割とする「3割特例」が設けられましたが、こちらも適用要件の一つが基準期間の課税売上高1,000万円以下。
結局、売れて1,000万円を突破した作家さんは、2割特例も3割特例も使えません。納税方法は簡易課税か本則課税の二択になります。
現実的な選択肢は簡易課税(みなし仕入率で納税額を計算)ですが、有利不利は事業区分と経費構成しだいです。
そして忘れがちなのが届出期限です。簡易課税は、適用したい課税期間が始まる前日までに届出が必要です。
たとえば令和8年(2026年)の売上が1,000万円を超えた個人事業者なら、課税事業者になるのは令和10年(2028年)分。
簡易課税を使うなら、令和9年12月31日までに届出を出しておく必要があります。確定申告の時点で気づいても間に合いません。
5. 結論——課税事業者になるタイミングでの登録をおすすめします
当事務所では、課税事業者になるタイミングでインボイス登録をすることを、一般的にはおすすめしています。
理由はシンプルです。課税事業者になれば、登録の有無にかかわらず消費税は納めます。
一方で未登録のままだと、プラットフォーム側の卸値調整による減額は受けます。つまり、納税もするし、減額も受けるという、いちばん損な形になりやすいのです。
「登録しない」という選択にメリットがあるのは、免税事業者でいられる方の話。
売上1,000万円を超えて課税事業者が確定した時点で、その前提は崩れています。加えて、企業案件や商業誌の窓口が広がりやすいという副次的な効果もあります。
もっとも、売上の大半が即売会での直接頒布と個人向けダウンロードで、かつ1,000万円超えが一時的なものであれば、別途検討の余地はあります。ご自身の売上構成をもとに判断してください。
まとめ
- 「課税事業者になる」と「インボイス登録する」は別の話。まず切り分ける
- 大手プラットフォームは未登録事業者の卸値を調整済み。出版社側も経過措置と価格調整で吸収しており、登録の有無による金額差は限定的
- ただし課税事業者になれば登録しなくても消費税は納める。未登録だと「納税も減額も」となり、いちばん不利になりやすい
- 売れて1,000万円を超えた人は2割特例も3割特例も使えない。簡易課税と本則課税の試算が必須で、簡易課税の届出期限は前年末までが原則
- まずやるべきことは、自分の売上を「相手別」に分けてみること。そこから判断が具体化します
消費税の届け出関係は特に「後出しジャンケン」ができない部類の申請になりますので、まずは年内の11月ごろには来年インボイス登録をするかどうか、消費税の計算方法をどうするか(簡易を選択するか)を検討しましょう。
