相続税申告の上場株式評価は、保有銘柄が多いと想像以上に手間がかかります。
上場株式は、課税時期の終値・当月・前月・前々月の月平均額という4つの価格を一銘柄ずつ確認し、その中で最も低い価額を採用する、というルールです。銘柄が10も20もあると、この確認作業だけで相当な時間が消えていきます。
今回、この作業をAIエージェントで仕組み化しました。ただ、うまくいった話よりも、途中で引っかかって回避した話の方が、これから同じことをやろうとする方の役に立つと思います。ですので、つまずいた3点を中心に書きます。
仕組みの全体像——「取得は人間・計算はAI」で切り分ける
最初に全体像です。設計の出発点は、役割分担をどこで切るかでした。結論から言うと「価格データの取得は人間、計算と整形はAI」という線引きにしています。
- 東証サイトをAIに巡回させない。4価格そのものは人間がデータを取得してそこから確定値を「正」として扱います。データそのものをAIに自動収集させると、値の正しさの根拠が曖昧になり、申告に使える品質になりません。
- 入力用のExcelテンプレートを用意する。4価格の最小値・採用根拠・要確認フラグを、あらかじめ数式として組み込んだテンプレートです。
- PDF→Excelの転記は指示文テンプレートで固定する。東証のホームページからダウンロードしたPDFの数値を、どの列にどう入れるかを指示文で処理します。
- 読み取り→検算→明細書化を一本につなげる。転記の指示に、検算と整形の指示文を足すことで、バラバラの作業を一つの流れにまとめています。
ポイントは、AIに「新しい情報を取りに行かせない」ことです。手元にある確定値を、速く・正確に・同じ形で処理させる。ここに用途を絞ると、ブレがかなり減って扱いやすくなります。
つまずいた3点と回避法
ここからが本題です。仕組みを組む過程で、実際に引っかかった3点を挙げます。
① 端数処理の二重丸め
月平均額は切り捨て処理が入りますが、これを「どこでやるか」を曖昧にしていたのが失敗でした。AIが転記の時点で丸め、さらにExcel側の数式でも丸めてしまい、二重に処理されて値がずれました。
回避法はシンプルで、切り捨てはExcelの数式側に一本化することです。
PDFの生値(小数のまま)はそのまま入れさせ、丸めはExcelにだけ任せる。こうすると二重丸めが起きないうえに、切り捨て前の値が残るので証跡としても使える、という副次的な効果もありました。
② 月の取り違え
当月・前月・前々月のどれか一つでも取り違えると、全銘柄の月平均額がまとめてずれます。エラーが出るわけではなく、静かに間違った値が通っていくので、個人的にはこれが一番怖いポイントでした。
回避法は、根拠を必ず出させることです。
指示文に「各PDFを当月・前月・前々月のどれと判定したか、その根拠(PDFに印字された年月)を対応表として必ず出す」という一文を入れました。
判定そのものより、判定の根拠を目に見える形で出させることで、人間側のチェックが一瞬で済むようになります。
③ AIに空欄を推測で埋めさせない
値が見つからない、あるいは読み取れないとき、AIは気を利かせて「それらしい値」を埋めようとします。これを許すと、一見きれいに埋まった、しかし信用できない表ができあがります。
回避法は、推測での補完を禁止することです。見つからない・読めない値は空欄のまま残し、「要確認」として報告だけさせる。
申告業務では、この「わからないものはわからないと言わせる」線引きが、そのまま品質を支えます。
設計の考え方——何をAIに任せ、何を人間が握るか
3つのつまずきに共通しているのは、AIに判断をさせすぎないという一点です。設計時に意識したことを整理すると、次の4つになります。
- データの取得は人間・計算はAI。値の正しさの担保は人間が握り、決まった処理の反復はAIに渡す。
- 証跡を残す。切り捨て前の値を保持し、あとから検算できる状態にしておく。
- AIに判断させない部分を先に決める。端数をどこで丸めるか、空欄をどう扱うか。曖昧な判断を残すと、そこがそのまま事故のもとになる。
- 仕組みは使いながら育てる。特定の銘柄や状況でつまずいたら、指示文に1〜2行足す。最初から完璧を目指さず、運用の中で穴を埋めていく。
もう一つ、今回とくに効いたのは、実装の前にClaude.aiで設計を固めておくことでした。
いきなり作業させるのではなく、「何をどの順で処理させ、どこで人間が確認するか」を先に言葉で詰めておくのがおすすめです。
設計がぶれなければ、テンプレートと指示文が毎回同じ結果を返してくれます。出力のブレは、たいてい設計のブレから来ています。
まとめ
今回の仕組み化で一番強く感じたのは、ミスの許されない作業ほど、AIには判断させない設計が効くということです。
裏(AI)で何をどう処理しているのかが見えない状態だと税務においては怖さのほうが大きいです。何をどう処理しているのかを見える形にしておくのが安心につながります。
計算という反復作業を任せられたことで、空いた時間をレビューに回せるようになりました。
速くなったこと以上に、「人間が確認すべきところに集中できる」状態を作れたことが、実務的には大きいと感じています。
取得と判断は人間が握り、決まった処理はAIに渡す。この分担の線をどこに引くかが、そのまま仕組みの品質を決めます。
